ラグビー伝説(2)
- 2015/09/28(Mon) -
先日、
ラグビー日本チームの勝利を祝って、
ラグビーについて、
チョット、さわりを書いたところ、
・・・
まったく反応が、アリマセン。

じゃあ、
反応が、ある迄、
次戦のある、3日までは、
書き続けることを、宣言します。

◆ラグビーのルール
たいていの人は、ルールがややこしいんで、
敬遠しがちです。
実際、じかに試合を見ていても、
「 今の、いったい何故、笛を吹かれたの?」
こんな事、しょっちゅうです。

すべてのルールを熟知するのは、タイヘン。
ただ、一点だけ。
‘ 常にボールが先頭で、選手はその後ろから ’

この規則さえ、覚えておけば、
たいていのプレーは、楽しめます。
野球でも、
ピッチャーの投げた投球が、
ストライクか、ボールかで、微妙な時、
審判に任せるでしょう。
いや~、今のがストライク?
てな時も、ありますが、多勢に影響ナシ。

選手が、前にキックをしたら、
「 イケ~~ェ!」
スクラム組んだら、
コタツを、持ち上げる。
タックルしたら、
「 ブッ殺せ~~ェ!」
トライを決めたら、
万歳して、立ち上がる。
逆に、相手に決められたら、
・・・、
シュンとして、落ち込む。

こんな感じで、
選手たちの、プレーを応援するのです。
だいたい、
相撲が、前後半80分間、続いていると思えば、
簡潔でしょう。

伝説の選手(1)
早稲田大学:宿沢 広朗 ( 昭和48年卒 )
宿沢
スクラムにボールを入れる、宿沢選手
( 後ろは、明治の松尾。二人揃った非常に貴重な写真 )

宿沢は、
熊谷高校から、東大入試が無かったので、早大へ。
普通入学です。
小柄な宿沢は、スクラムにボールを入れる、
スクラム・ハーフとして、活躍し、
‘ ボールがあるところ、必ず宿沢がいる。’
との伝説を、作りました。
卒業後は、普通に住友銀行に、入行し、
ラグビーから足を洗ってましたが、
日本代表の監督として、異例のデビュー。
( もちろん銀行では、エリート社員 )
そして、
スコットランドに、一度だけの勝利をあげています。

そして、
2006年に、心筋梗塞のため、
55歳の若さで亡くなりました。
葬儀には、なんと4,000人も!
学生時代の、プレーは、
多くのラグビーファンを、唸らせ、
素人でも努力すれば・・、の代表選手でした。
大学ラグビーを知ったのは、
宿沢選手の、おかげです。
その後、40数年、
今でも永遠のトッププレーヤーとして、
心に刻まれております。

❤今日の音楽
神田川
南こうせつ&かぐや姫 『 神田川 』
https://www.youtube.com/watch?v=JSgyHiKESGw

流行ってた頃、
クサイと思って、まともに聴けませんでした。
先日、ラジオで作詞者の、喜多條忠さんは、
この詞を電話で、こうせつさんに伝えたとの事。
伝えながら、
電話の向こうでは、こうせつさんが、
フムフム言いながら、メロディを唄っていたとか。
そして、
ものの10分で、折り返し電話があり、
この曲は、出来上がっていたそうな。

大学時代、
この神田川周辺( 明大前・代田橋、下落合 )に、
住んでおり、その小さい川を知っております。
その頃に、
ラグビーにハマってしまいました!
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