ラグビー伝説(4)
- 2015/09/30(Wed) -
シリーズも4回目。
試合まで、あと3日です。

ん?

ワールドカップ・ラグビーの対サモア戦に、
決まってるでしょう。
ヤクルトでも、田中マーくんでも、ありません。

で、今回のテーマは、
「 社会人と、学生 」

ご存知のように、
慶應義塾大学で始まった、ラグビースポーツも、
大きく広がり、
大学だけでなく、労働者に規律を守らせる意味でも、
非常に良いということで、
いろんな会社に、チームができました。

そして、
全国的な、ラグビー大会が、
戦後すぐの、昭和23年から、
開催されたのです。
すると、またたく間に全国に広がり、
有名チームが、出来上がりました。

●八幡製鉄、●近鉄、●トヨタ自工、
この3チームで、60年代は優勝が争われ、
●三菱自工京都、●リコー、などが加わり、
70年代から、
●新日鉄釜石、●神戸製鋼、●三洋電機、
●東芝府中、など。
そして、
●サントリー、●キャノン、
さらに、
●ヤマハ
などなど。

だが、
人気の上では、
大学ラグビーが、圧倒してます。
●慶応大を筆頭に、●早稲田大、●明治大、
●同志社大、●立命館大、●京都産業大、
などなど。

その人気の一端を担う、
エピソードを、ひとつ。
旧国立競技場での、
最大収容人数、つまり、
1番客の入ったスポーツは、
明治大 vs 早稲田大の、1981年に行なわれた、
ラグビー対抗戦なのです。
5万人収容のところ、
なんと、アッと驚く、66,999人!
もちろん、消防法違反。
ラグビー協会は、
後に、こっぴどく叱られたそうです。

いまだに、
早明戦は、プラチナ・カード。
もちろん、
今年も、行きます。
ず~~と、明治が負けてるんで、
今年こそはと、意気込んでおります。

伝説の選手(3)
今回は、選手ではなく、
二人の監督の話。

桜ジャパンは、エディ・ジョーンズが監督です。
サムライ魂をもった、ナイス・ガイなんですが、
日本のラグビー界を背負った、
名物監督が、いたのです。
それも、
同時期に、二人も。
大学ラグビー

写真右
①明治大学ラグビー部監督
  北島忠治監督
明治大ラグビー部を、
67年間、死ぬまで指導した人です。
その指導の、有名な言葉、
それが、
「 前へ 」。
この一言だけで、
フィフティーンが、奮い立つのでした。
でも、名将たるゆえんの、
こんな言葉も、
「 真の勝者とは、4年間一度も公式戦に出ることなく、
  ひたすらボールを追いかけた者である。」

無骨なラガーマンは、
この一言で、涙し、監督について行くのでした。
余談ですが、
偶然ワッチの人生の恩師、江田忠治先生と、
名前が同じ。
気骨も、まったく同じでした。

写真左
②早稲田大学ラグビー部、及び、ジャパン監督
 大西 鐡之祐監督

早稲田大学、並びに、日本代表を率い、
北島の、‘前へ’ではなく、
横につなぐパスで、縦横無尽に戦うスタイル。
体力ではなく、
ドチラかというと、頭脳で戦うチームを鍛え上げました。
その継承者に、日比野弘という名監督もいます。

早稲田は、勝った時だけに、‘ 荒らぶる ’を、
歌う事が許されてます。
コレを決めたのも、大西監督時代。

この二人の監督が、
日本の大学ラグビーを、
引っ張ってきました。
特に、早明戦は、盛り上がります。
競技場には、現役の学生から、
70代、80代のOB・OGが、
揃って声をあげます。

そして、
勝っても、負けても、
隣りの人に、声を掛けます。
「 また来年!」

❤今日の音楽
あまちゃん
鈴鹿 ひろ美 『 潮騒のメモリー 』
https://www.youtube.com/watch?v=t80PYOFih2s

今日の、‘ あまちゃん ’は、
最終週の、あの場面でした。

♪ 三代前から、マ~メイド ♪

恥ずかしながら、
何度見ても、ナ・ミ・ダです。
悲しみのではなく、
あの、何とも言えない感情なのです。
ありがとう、あまちゃん、
アリガトウ、クドカン!

9月も、おしまいです。

また、来年ネ!
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